「お客様に信頼される高品質を守りたい」製造工程の要因分析で、ウイルス除去フィルターの品質安定性を高める
2017年10月に株式会社スカイディスク(以下 スカイディスク)とAJS株式会社(以下 AJS)が包括提携を結び、ともに旭化成グループ内へのAI導入を進めるなか、2018年1〜3月には旭化成メディカルMT プラノバ工場で最初のプロジェクトが開始されました。
旭化成メディカルMT プラノバ工場長である大野氏に、取り組み中であるAI導入プロジェクトの背景や、概念実証によって見えてきた課題、今後の展開について伺いました。
バイオ医薬品の作製に重要な、ウィルス除去フィルター「プラノバTM」
大野氏(以下、大野):弊社製品である「プラノバTM」は、バイオ医薬品からウイルスを除去するためのフィルターです。形状はストロー状で、直径300ミクロンほどの口からバイオ医薬品を流し入れることで、壁面の20ナノメーターほどの孔(あな)を利用してウイルスを取り除きます。1990年頃に、フィルターでウイルスは除けないという当時の常識を覆して製品化が進められました。国内外の製薬会社などに採用いただいており、現在では世界でも高いシェアを占めている製品です。
現在、バイオ医薬品からウイルスを除去する方法は大きく2つ。熱や界面活性剤を利用する方法と、プラノバTMによるフィルトレーション(ろ過)です。バイオ医薬品の一部は熱によって形質が壊れやすいのですが、プラノバTMによって熱に弱いバイオ医薬品でもウイルスを除去できるようになりました。
ウィルス除去フィルター「プラノバTM」
品質の安定化を目指して、独自に分析を試みるも行き詰まっていた
大野:プラノバTMはフィルターなので、孔の大きさの均一性がとても重要です。開発当初に比べて孔のバラツキはシビアに管理できるようになり、製品の均一性も向上していますが、同時にお客様が求める品質も高くなっています。需要拡大によって製品の生産数が増えており、比率ではなく不良品が発生する件数を減らしたいと考えていました。
一方で、プラノバTMは生産条件がシビアで設備を変えただけでも品質が大きく変わってしまう可能性があります。現場も昔からのやり方を変えることに抵抗があります。だからこそ、「もっと効率的に、品質のバラツキが出ない条件を設定したい」と模索していました。
「プラノバTM」の仕組み
山本氏(以下、山本):プラノバ工場の技術者たちは、どの生産条件に対して、どのような因子(パラメータ)が影響して、どのような品質になるのか、ずっと探索していました。しかし、数多ある生産条件について「経験ではわかっているけれど、各々の寄与率にはあいまいな部分があり、日々頭を悩ませている」状態でした。
プラノバ工場は製造データが揃っていただけではなく、技術者たちが生産条件と品質との因果関係に関心を持っていた、これが数ある旭化成グループの製造現場のうち、プラノバ工場からAI導入プロジェクトをスタートした理由です。
また、AIを活用するテーマには要因分析のほかに、故障予知、官能検査の2つを挙げています。これは弊社のどの現場でも求められる汎用性のあるテーマとして、今後を見据えて選定しました。
AI導入の概念実証によって、見えてきた課題
大野:製造過程には、原料のコットンリンター(綿花由来)のポリマーの長さ、ミネラルなどの成分等の性能・濃度から始まり、たくさんの生産条件があります。約1週間〜10日ほどで製品ができるまでに、多数のパラメータが積み重なっています。
壱東氏(以下、壱東):PoC(※)プロジェクトではまず、100弱ほどのパラメータのデータを、スカイディスクに提供しました。
金田:パラメータは現場で制御可能なものと、数値としてのみ取得しているものとさまざまでした。
多数のパラメータから、品質に影響の大きいものを探索する
大野:製品のバラツキに寄与率が高いパラメータを特定したかったのですが、結果としてまだデータ数が足りず、そこまでに至りませんでした。実際にPoCをしてみて、製造を動かしながら検査工程に試験データを差し込む難しさを感じました。成果物ができるまでに時間がかかる製品なので、評価までに1週間〜10日ほどかかってしまうのも悩ましい点です。
今後は、現状不足している情報を取得できる設備投資をするつもりです。というのも、2回ほどPoCを回してみたところ、既存因子の寄与率を足し合わせても100%に達せず、現場で予測していた以上にパラメータが隠れているとわかったからです。既存因子を見直し、新しい仮説を作るきっかけになったのは一つの成果です。
(※PoC:Proof of Conceptの略。概念実証のこと。)
一緒に創り上げたAIによって、現場の匠の技を武器に
金田:プラノバ工場では、まずは今あるデータでスモールスタートで取り組むことができました。また、製造現場のメンバーと、スカイディスクのAIエンジニアが議論しながら進められたのも良かったです。最初から驚くべき成果をAIに求めてしまうと失敗しやすく、お互いの知見をもとに共創していくことが良い結果につながると感じています。
大野:我々も最初は、最適な条件を一発で見つけられると誤解していました。 実際に導入してみると、地道に一歩ずつステップを踏むことが重要だと実感しています。
壱東:プロジェクトを進めるなかでも、どの工程から出てきたデータを選択するか、どんな条件で出てきたものをAIにインプットするか、データを選ぶのが難しいと感じました。
金田:良いAIを作るためには、現場の知見をもとにアタリを付けてデータを取得することが重要です。データ取得には時間がかかるので、AIプロジェクトはどれだけはやく取り組むかも大切。複雑な工程だからこそAI導入で競争力が高まり、データを取得することで資産になっていくはずです。
現場から「ここはAIがやったほうがいいのでは」という声が出てきて欲しい
大野:まずは現場がAIを理解することが重要です。AIを有効活用するためにも、このプロジェクトを通じてAIに慣れていき、現場から「ここはAIがやったほうがいいのでは」という声が出てきて欲しいですね。今後はプロジェクトに若手メンバーをアサインしたいと思っています。色々な視点を入れていきたいです。
山本:現在はまだ「パラメータが不明確だけれど、データが取得できるセンサーを入れよう」という段階で、活用までにはある程度の時間が必要です。ただ今後、工場を拡大するにあたってAIを活用する機会は増えると思います。AI で何をやりたいかという目的意識が重要で、どうデータを前処理するべきかということから、我々も一緒に議論していきたいです。
金田:スカイディスクとしても、現場の知識を習得してAIを共創させていただきたいです。
<2019年3月取材 文・スカイディスク 高井>
[ 関連リンク ]
AIカスタマイズソリューション
https://skydisc.jp/solution/
中空糸膜 孔径サイズのバラツキ要因分析と予測
https://skydisc.jp/showcase/1532/
AIが品質向上に効くパラメーターを発見、旭化成メディカルMTプラノバ工場(日経 xTECH 2019/05/22)
https://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00621/00008/